海外インターンから帰国した大学生日記

大学4年を休学してフィリピンの田舎で留学×インターンをしてみた

国際協力を目指す学生が現地で学ぶということ

 

私は就活生

実はとても悩んでいる

自分の経験が言語化できない!

経験してきたものは確かに自分にとって価値のあるものだった

ここで自分に聞いてみよう

 

『なぜその経験が自分にとって価値のあるものだと思うのか』

→自分が考えたこともなかった意見や考え方を知れたから

 

・自分を変えた少女

私はフィリピンで一生忘れられない友達ができた。そのこの言う言葉、行動、全てが自分にとって刺激になるものだった。彼女は私より若い。だけど私に多くの気づきをもたらしたのだ。人を虜にする子だった。相手に感謝を言うこと、悲しいと言うこと、恋しいと言うことそれを恥ずかしがらずまっすぐに伝えられる子。人を想う方法はいくらでもあって、愛情表現をして行くこと、そんな単純なことが幸せをもたらす。たまに彼女は私の前で泣いた。財政難でお母さん達への収入が滞っていること、そして自分が辞めることでその収入をお母さん達に使ってあげて欲しいと。普段は全く泣かない子がお母さんたちのことを思って私の前で涙を流しているのだ。その時NGOで働くとはこう言うことなのだ。自分の生活を犠牲にしてでも相手を思う気持ちなのだと。

お金でもたらされる幸せも確かにある。だけど言葉や気持ちは何年経ってもその日を思い出させ、幸せとして心や頭に残る。

 

・お金を稼ぐために一生懸命働くお母さん達

何個も仕事を掛け持って、朝早くから夜遅くまで働いている。

忙しくても全然イライラせずに心はいつも暖かく、楽しそうにしているお母さん達はとても印象的だ。お母さん達はいつも「家族のためだ」と言う。フィリピンではOFWといって外国での出稼ぎが収入源であるが家族のために人生の3年間、海外にお出稼ぎとして働きに出ているのだ。家族への愛や助け合いの精神もフィリピンでは学んだ。

忙しさとか人との競争、見栄で人との繋がりを忘れがちになっていたかもしれない、、

幸せの定義を考えさせられる経験だった。

 

・いわゆる社会的弱者と世間から言われる人とNGO

思えば、国際協力を学びに私は大学を1年休学した。

私は自分が国際協力にどこまで本気なのか確かめたいと言う思いと、私たち先進国が言う社会的弱者の人はどんな生活で何を社会に求めているのかを長期滞在で知りに行く目的

があった。あとは国際舞台で活躍したいと言うこともありインターンシップを通して使える英語と海外で働くと言うことを学びたいと言う気持ちもあった。

 

そして学んだことは、

社会的弱者と言われる人は多分そうは思っていない。

私たちが勝手に「助けたい」と言っているような気がした。

確かに生活は苦しい、だけどその支援のあり方があっているかどうかもう一度検討するきっかけになったのはこの時の経験からだ。

 

私はインターンシップ生として受け入れてもらったが、英語もままならないし何か専門分野の知識もなかったのでほぼボランティアのような活動をしていた。

誰にでもできるような人員が足りないところに「ちょっと、ここ手伝って欲しい」と言うところに入るような形だ。日本を出てフィリピンに来たからには何か残したいと言う気持ちは少なからず休学を決意した学生にはあるはず。私もそのように意気込んで休学をしたうちの1人だ。だから時間の合間を見ては「現地国際NGOを発信するためのブログを書かせて欲しい」とか「日本文化交流をしたい」「農家さんの生の声を発信させてくれ」「フィリピンの家庭ご飯会で交流会をやりたい」とか忙しいNGOのスタッフの状況を見ながら協力をしてもらってやっと自分がここに来た意味というか「価値」を生み出せたのかなと思っていた。

国際協力を目的にフィリピンにやって来た私は1人で何か成し遂げられたなんてそんなことは微塵もできなかったし私が彼らのためにと思ってやってきたことは結局彼らの協力や参加無しには何も達成できなかっただろう。

 

現地では私の訪れるずっと前から現地の人によって組織が営まれている。そこにいきなり日本人がやって来て「インターンとして受け入れて欲しい」とそのコミュニティに暖かく入れてもらって、タガログ語を話せない私の前でタガログ語を使わないようにしてくれたり、ご飯に毎回呼んでくれたり、私に色んな経験をさせてあげようと自分の休日を使ってまで私に時間を費やしてくれたのだ。

 

私は国際協力を学びにフィリピンへ行ったがNGOスタッフが見せてくれた”それ”はとても深い愛情だった。彼らのモットーはWalang Iwanang(タガログ語で誰も置いていかない)で、彼らは外国人である私を仲間として受け入れる中でもそれを体現していた。

 

国際協力ってそいうことなんだ。

お金や権威を持つ人が助けるという構造ではなく地球上にいる全ての人が仲間で誰一人として取り残さない活動のことを言う。

もちろん誰かを助けたいと言う正義感を前提のベースに真の国際協力の精神を持ち合わせた時、最適な支援ができるのではないだろうか。

 

私が9ヶ月間、彼らと共に過ごした期間で学んだことは真の国際協力とは何かと言う問いに対する答えだ。彼らとともに過ごす中で知ることが出来るそれぞれの思いや彼らのとる行動をよく観察していた。

 

もしかしたら休学をしなくてもそれに気づける人はいるかもしれないけど私はあの環境下で同じ目標に向かって進むチームの一員としてそれを経験させてもらえたことが今後の自分の価値観や判断を決めて行くものになって行くと思っているし、自分にとって彼らへの恩返しとして今後のモチベーションになって行くだろう。何よりそのような長期の時間を使って築いた現地の人との関係性は私にとって一生ものの宝物だ。言語が違くても文化が違くてもここまで相手を思い合えること、深い関係が築けるということは長期の滞在への挑戦、そして受け入れてくれた方々無しには証明できなかった。私たちは分かり合える必ず。